いつも通りに業務をしていると、何だか気配を感じた。
そう、変わった人の気配を感じたんだ・・・今回は一体誰が来たのだろうか?
そんなことを思いながら、俺は書類を整理していた。
また人手が足りなくなって、俺まで窓口業務へ駆り出される。
番号札を順番に呼んでいくと、ある人物が窓口までやってきた。
やってきたのは、まだ若い男性で身に着けているネクタイがぴかぴか光っていた。
電気が消えていなくても、輝いているのが分かった。
ネクタイだけがチカチカ光っている。
「あのさ、ざっと10万円融資してほしいねんけど」
「では、こちらの書類に記入願えますか?」
俺は近くにあった書類を手渡し、記入してもらった。
名前を確認すると、“中本ジュン”さんと書かれていた。
中本さんはまだ28歳で現在、会社員のようだ。
それでスーツ姿と言うのはわかったが、光る意味はあるのだろうか?
全て記入してもらって、情報を確認していくと今まで借入をしてもちゃんと返済できているみたいだから問題なさそうだった。
すぐに融資額を用意して、中本さんの元へと持っていく。
「こちらが10万円になりますので、ご確認願います」
「ありがとな、これで新しいネクタイ買うてこられるわ!
黒羽根さん、あんたネクタイ好きか?」
「いえ、私は普通ですね」
「つれないやっちゃな~!
この10万円はネクタイに使うために借りたんや」
ネクタイを購入するだけにしか使わないつもりなのか?
10万円って、結構な大金だと思うが全てネクタイで使うってすごいな・・・。
気前がいいと思ったら、中本さんは関西の人のようだ。
先程から関西弁で滑らかに話している。
関西の人は気前がいいし、もらえるものは何でももらうからすごい。
無料という言葉に弱いせいなのか、食いつきがすごいみたいだ。
中本さんのネクタイを見ていると、色々なカラーバリエーションがあることを知った。
最初はグリーンだったのが、徐々にイエローになりブルーになり。
一体このネクタイはどうなっているんだ?
思わず見入ってしまう。
「俺のネクタイ気になるか?」
「ええ、すごいですよね」
「これ、世界で限定の品やったんやで!
絶対に手に入れたるわ思うて、すぐ買いに行ったんや」
このネクタイが世界限定品・・・これが・・・。
だめだ、俺にはそのすごさがかすんで見えてしまう。
光るネクタイが世界限定だなんて・・・こんな良い方も悪いが、こんなものが・・・。
どうやら、中本さんはそのネクタイをすごく気に入っているみたいだ。
どんな仕組みになっているのか、すごく気になる。
毎回自分でネクタイを結んでいるようだから、どこかにスイッチでもあるのだろうか?
「あ、このネクタイなスイッチじゃないんよ。
音に反応するさかい、いつも光るんや」
音に反応して光るって、じゃあ今光っているのは・・・。
銀行内はガヤガヤしているが、大きな音はなっていない。
一体何の音に反応しているのだろうか?
俺は当たりを見渡してみたが、何も見つからなかった。
ここでこんなにネクタイが光っているという事は、外に出たらもっと光るのか?
それって・・・何だかぬいぐるみみたいだ。
手を叩いた音に反応して動くサルのぬいぐるみ。
シンバルを持ったサルのぬいぐるみ、たぶんみんなも知っているはず。
「あ、これな今うちらの話し声に反応しとんねん」
話し声に反応していたなんて、精密機械かッ!!
話している声に反応しているという事は、外に出たらどうなるのだろうか・・・。
今こんなに光っていたら、外に出たら常に光りっぱなしになるんじゃ。
ただ、夜は人が歩いていると分かりやすくていいかもしれない。
夜は、の話だけれど。
「ほな、黒羽根さん、また来るわ」
「ありがとうございました」
そう言って、中本さんは銀行から帰ってしまった。
あの格好、恥ずかしくないんだろうか・・・俺だったら恥ずかしくて表を歩けない。
そんな勇気、俺にはないからな・・・。
でも、毎日光るネクタイを付けているわけではないから、大丈夫かもしれないな。
子供たちから見れば、あれはあれで面白いのかもしれない。
声や音に反応するのだから、子供たちはきっと喜ぶ。
俺も小さい頃、ああいった光るものが大好きだった。
どんな構造になっているのか、色々調べてみたがよく分からなかった。
まさか、こんな形で再び気になり始めるだなんて。
あれから何週間か過ぎた頃。
俺は家でテレビを眺めながらぐうたら過ごしていた。
最近は疲れがたまりやすくて、眠ってもなかなか疲れが取れない。
以前までは眠ればどうにかなっていたというのに。
やはり、年齢には勝てないという事だろうか?
ただぐうたらしているのも時間がもったいないから、外に出ることにした。
外に出ると何だか薄暗くて、雨が降り出しそうだった。
今日は晴れる予定のはずなんだが・・・。
その後、買い物をしていると雨が降ってきてしまった。
強いわけではないけど、濡れてしまったら風邪をひいてしまいそうだった。
雨が降り出したことで、
少しずつ暗くなるのも早く、子供たちはそれぞれの家路へと向かっていく。
「あっ、あのお兄さんだ!」
「本当だ!」
子供たちがそう言って、ある方向を指さす。
そこには、何かが光っていてこちらへと向かってくる。
あの光・・・俺、どこかで見たぞ?
少しずつ近づいてきて、俺は敵意を向けた。
すると、現れたのは、中本さんだった。
またあの光るネクタイを付けている。
余程、光るネクタイがお気に入りなんだとわかる。
じゃなきゃ、何度も頻繁につけたりしない。
「なんや、黒羽根さんやないか。
こないなとこで何しとるんや?」
「何って、買いものですよ」
「黒羽根さんも、買い物するんやな」
中本さんが笑いながら言う。
そんなに意外なことだろうか・・・俺にとっては中本さんがここにいること自体が不思議だ。
休日出勤だったのか、またスーツを着ている。
子供たちは光るネクタイに魅せられてしまっている。
たくさん色が変わるから見ていて楽しいみたいだ。
しかし、何かが違うと思い俺は携帯で中本さんのネクタイを写真に収めた。
今回つけているのは赤ネクタイに、白文字でSAILと書かれたものだった。
どこが光っているのかと言うと、白文字のSAILだ。
よくデパートなどで見かけるものだから、何だか親しみを感じる。
ただ、やっぱり俺には身に着ける勇気がない。
「10万使うて、このネクタイ手に入れたんよ!
黒羽根さん、どうやどうや?」
「変わったネクタイですが、とてもお似合いだと思います。
ただ、そのネクタイに10万円は額が大きすぎるような気もしますが」
「黒羽根さん、あんたもまだまだやなぁ。
これだって、限定品だからなかなか手に入らないんやで」
これも限定品って・・・。
限定品の基準が良く分からなくて困ってしまう。
このSAILというネクタイが10万円・・・恐ろしいな。
10万円もあったら、もっと他の事に使えたのではないかと思う。
でも、使い方なんて人それぞれだから仕方ないか。
子供たちは、光るネクタイを見てキャッキャ騒いでいる。
今はもう陽も暮れてきているから、光も目立つようになってきた。
これで電車に乗ったりしちゃうんだもんな・・・すごい。
「黒羽根さん、このネクタイは自己満足なんよ。
こうやって子供たちが楽しんでくれるからやっているのも理由の一つ。
無駄にネクタイを買うてるわけじゃないんやで」
子供たちの喜ぶ表情を見たくて、わざわざネクタイを買っているのか?
それってなんだかすごいことのような気がする。
ネクタイには確かに色々な種類があるし、長さだって違ってくる。
こだわりを持つのも当たり前かもしれない。
ネクタイコレクターとして、現在多くのネクタイを探し歩いているらしい。
全てのネクタイを集めるのではなくて、気に入ったものだけ集めているらしい。
あまりにも多くなりすぎて、少々困っているようだがそれもまた楽しいんだとか。
そんなことを話しながら、俺は途中まで中本さんと一緒に駅まで向かった。
その後、俺は業務を続けて資料をまとめていた。
いつも通りの日常で何だか退屈している・・・って言い方は良くないな。
ただ、あまりにも変わった人が銀行に融資してほしいとくるものだから、それが当たり前になってしまっているのかもしれない。
変わっている人を相手にすると、色々なことが知れる。
今まで見てこなかったものとか、見る角度とか色々発見があって面白い。
変わった人を相手にするという事を最初は嫌がっていたが、今ではもっと変わった人を見つけたいと思うようになってきた。
「黒羽根さん、また来たで~」
「あ、ご無沙汰しております」
「今回来たんは、返済するためや。
ほら、ちゃんと10万揃ってるか確認してくれや~」
会社員だから、やっぱり安定した収入がある。
返済も思っていたよりも早かったし、もう少し後でも良かったのに。
まだ時間があるから、もう少しゆっくりでもいいのにしっかりしている。
中本さんは、笑いながら俺に向かって何かを差し出してきた。
・・・・この包みは一体?
しかし、お客から何かをもらう事は禁じられているから受け取れない。
そのことを伝えると、中本さんが待ってると言い始めた。
無理矢理帰すことは気が引けて、俺は承諾するしかなかった。
今日の業務を終えて、俺は中本さんと待ち合わせしている場所へと向かった。
それは少し離れた居酒屋で、店に入ると中本さんが手を振っていた。
そのまま席まで向かって椅子に座ると、再び中本さんがプレゼントを出してきた。
「ほんの気持ちやから、受け取ってや」
「ありがとうございます」
中身を確認してみると、それはピアノの鍵盤デザインのネクタイだった。
これ、いいデザインじゃないか!
箱の中にしまわれていて、それがまた素敵な感じだった。
俺が手に取ってみると、音が鳴った。
なんだ・・・今の音はどこから流れた物なんだ?
もしやと思って、俺は鍵盤にそっと触れてみた。
すると、音が流れて俺は驚きながら中本さんを見たら、彼は楽しそうに笑っていた。
「黒羽根さんにピッタリやないか~」
「また、こんな変わったネクタイを!」
中本さんが悪気なく笑うから、俺は怒るどころかつられて笑うしかなかった。
実は、中本さんが勤めている会社がネクタイ専門店で、俺がもらったような変わったネクタイを開発している会社だと知るのは、もう少し後になる。