ここまで色々な出会いがあったな・・・。
変わった人が多くて、何だか非日常を送っているような感覚に陥る。
別に嫌な訳ではなくて、こんなに多くの人達がいる中で変わった人を沢山見てきたことにちょっと驚いているんだ。
普段だったら絶対関わりのない人が、銀行員として働くことによって関わりが出来る不思議さ。
そんなことを考えながら仕事をしていると、また一人お客がやってきた。
そのやってきた人物は男性で、白衣を着ているからもしかしたら科学者とか研究員かもしれないな。
番号札をいつものようにさばいていき、俺の元へその人物がやってきた。
「40万円融資していただきたいのだが」
「はい、ではこちらにご記入をお願い致します」
彼に書類とペンを渡して記入してもらう。
名前は“雨宮トオル”さんというらしく、年齢は俺よりも少し上くらいだ。
職業を確認すると、やはり科学者と書かれていた。
やっぱりそうだったのか・・・科学者って憧れるな。
色々なことを研究して開発して、それが皆の役に立つことにつながるからすごくやりがいがあるし達成感も半端ないんじゃないかと思う。
だけど、気になることが一つある。
それは、雨宮さんの左手が普通とは少し違って見えること。
義手なのか?
ただ、自分からそんなことを聞くのは失礼になってしまうから聞かないことにした。
「それでは、ただいま確認して参りますのでお待ちくださいませ」
俺は信用情報を調べて、何も問題が無かったからそのまま融資課長の元へ。
そしてOKをもらい現金を用意して、窓口へと戻る。
確認してもらうように言って差し出すと、彼が両手を延ばした。
やっぱり左手に違和感がある。
人の手にしては作り物感がすごくあるから、やはり義手なのかもしれない。
何か過去に会ったのだろうか・・・。
「僕の腕が気になりますかな?」
「あ、いえ、申し訳ございません・・・」
「謝ることなんてないのだよ、気になるのは当然の事さ」
そう笑いながら言って、雨宮さんは俺に腕を見せてくれた。
綺麗に接合されているし、動かし方も慣れているというか様になっている。
だが、接合部分とか痛くないだろうか・・・最初は痛かっただろうな・・・。
動かせるまで時間もかかったと思う。
そう考えると今の医療技術とか人間の身体ってすごいなと改めて思う。
どうして腕を失ってしまったのか、それはさすがに聞かない方がいいだろうな。
相手の心に土足で踏み込みたくないし。
「実は5年前に事故に遭いましてね。
助手席にいる妻を守るため、手を延ばして気が付けば腕が無かったんだ。
最初は絶望したりしたが、妻が僕を励まし続けてくれてこうして生きている」
「愛する人を守るのは、簡単なことではありません。
その左腕は雨宮様が命を懸けてお守りしたと言う証だと私は思います。
こんな言い方は良くないかもしれませんが、失ったのが腕だけで本当に良かったですよね。
あなたが亡くなられてしまったら、救われた奥様は救われませんから」
俺がそう言うと、雨宮さんがハッとした表情をして俺を見た。
あ・・・やっぱり良くなかったか・・・?
俺が黙っていると、雨宮さんが優しい表情をして俺を見てきた。
なんだ・・・怒られるのかと思った・・・。
でも、俺は素直に感じたことをそのまま伝えた。
もし俺が救われる側だったら、守ってくれた相手に死なれてしまったら絶望してしまうし、自分を守ったことで亡くなったと自責してしまう。
だから、雨宮さんが生きてくれていて奥さんも安心したと思うんだ。
「君は若いのに、相手のことをよく考えることが出来る人のようだね。
僕はそこまで考えることが出来ずに、行動してしまった」
「いえ、私はまだまだ未熟者ですのでこれから学んでいくつもりです」
「黒羽根さんなら、きっと愛する人をちゃんと守れるだろうな。
融資担当が君で本当に良かったと思っているよ」
そこまで言ってもらえて、素直に嬉しかった。
今までそんなこと言われたことが無かったし、何だか不思議な感じだ。
すると、雨宮さんが左手を差し出してきた。
最初は何かと思ったが、すぐに握手を求めているのだとわかった。
俺は警戒心もなく、雨宮さんの手を掴みとった。
うん、普通の握手だよな。
そう思った瞬間の事。
“ビリビリッ!!”
「・・・痛ッ!!」
「ははははっ!」
目の前で雨宮さんが楽しそうに笑っている。
思わず俺は彼から手を離し、右手をさすった。
今のって、絶対電気だよな?
なんで電気が流れたんだ?!
雨宮さんが笑っているという事は、わざと流したな!
義手から電流が流れるなんて、反則技じゃないか?
俺は無防備で何も装備していないと言うのに!
「すまないね、君の反応が見たくて!
そうか、やっぱり驚きながら痛がったか」
「何かと思いましたよ!
でもなぜ電流が?」
「義手を付ける時、僕はひどく嫌がったんだ。
そうしたら妻が、何か変わった義手ならつけてみる気ない?って聞いてきて。
それで電流機能を付けてみたんだが、どう思うかね?」
雨宮さんの奥さん、結構やんちゃというか独創的というか・・・。
何か変わった義手を付けてみないか?というアイデアはいいけど、まさか電流を選ぶとは・・・変わってるな。
そもそも電流が流れることで、何か役に立つことがあるのだろうか?
どう思うって聞かれても、どう答えて良いのか困ってしまう。
いいですねと無責任に言うのも良くないし、良くないですよというのも気が引けてしまう。
「個人的にはいいかと思いますが、電流って他にどんなことに利用できるのでしょう?
他の事にも利用できるといいかもしれませんよね」
「実は、携帯が充電できるような感じにしようかと思っているんだ。
停電でも役に立てるようなものにしたいが、気味悪がられるだろうか・・・?」
「私は気味悪がったりしませんよ。
誰かの役に立てるのなら、それでいいんじゃないかと思いますから」
「なぜだか、君の言葉は力強く頼もしいな。
本当にそんな気がしてくるから、不思議だ」
雨宮さんは優しく笑いながら言う。
俺の言葉がそんなに力になっているのだろうか、自分では全くわからない。
他人の目を気にするなとは言えないが、常に気にする必要もないと思う。
そんなことばかりしていたら、疲れてしまうから。
自分でよく考えて出した結果なら、してもいいと思うんだ。
気味悪がったり嫌味を言ったりする人の方が、本当はかわいそうなのかもしれない。
だって、それは変化を恐れて受け入れられていないという事になるから。
変化を拒んでいては、何も変わらないし進歩だってしない。
「もし、何かいいアイデアが浮かびましたら、私にも是非教えて下さい」
「もちろん、黒羽根さんには教えますよ。
妻と相談して決めるから、その時にまた」
そう言って、雨宮さんが帰っていく。
それにしても、立派な義手だったな・・・節電義手と呼ばれるものだった。
最新の義手として、先日テレビで特集されていたのを見かけた。
あれが本物の節電義手・・・しかも電流機能付き・・・。
それって節電になっていないんじゃ・・・まぁ、細かいことはいいか。
本当に世界には色々な人がいるものなんだな。
愛する人を守るために身を挺して守る人が、本当にいるなんて思わなかった。
きれいごとだと思っていたが、どうやらその考えは間違っていたようだ。
そして数週間が経った頃。
本格的に冬を迎え、風も冷たく風邪やインフルエンザも流行り始めてきた。
銀行内でもアルコール消毒液を準備して、感染しないよう対策が始まった。
あれから何人もの人たちが融資をしてほしいとやってきたが、特に変わった人はいなかった。
今日もまた一日が始まり、俺は順番に番号をさばいていく。
毎日同じことの繰り返しで、正直マンネリしてきているが何とか持ちこたえている。
変わった人が来ることで、毎日が楽しかったのだが少しずつ変わってきた。
マンネリしてきているから、少し違った業務もしてみたいと思っている。
たまには営業もしてみたいものだが、契約が取れるとは限らないからノルマが心配だ。
「黒羽根さん、こんにちは」
声が聞こえて振り向くと、そこには雨宮さんと女性が一緒に居た。
あ、もしかして隣にいる人が雨宮さんの・・・。
丁寧に挨拶をしてくれるから、俺も失礼のないように深々と挨拶をした。
雨宮さんが早速左腕を見せてくれたが、これといって変わったところは見つからなかった。
一体どこが変わったのだろうか?
すると、雨宮さんが口を開いた。
「停電でも困らないように、灯りがともるようにしてみたのだが。
どうだろう、見てくれないか?」
雨宮さんがぱちんと指を鳴らすと、左腕が光り始めた。
おっ・・・これはまたすごい発想だな。
先日は、充電できるような感じにしたいと話していたが、それはやめてしまったようだ。
でも、これはこれでいいかもしれない。
まぶしい光ではなくて、心地よい光だから温かいような感じがしていい。
これなら、もし停電になってしまっても安心して照らすことが出来る。
それって、すごく大きくて頼もしい事なんじゃないかと思う。
「すごくいいですね、温かみがあって私は好きです。
頼もしいし安堵感があっていいと思いますよ」
「君がそう言ってくれると、安心するよ」
「うちの亭主、本当子供みたいでしょう?
ごめんなさいね、付き合わせてしまって」
「いえ、そんな謝らないで下さい。
子供みたいな大人もいいと思いますし、発想力は子供みたいな方の方が優れていますから。
わざわざ来ていただいて、申し訳なく思っています」
俺がそう言うと、二人は楽しそうに笑った。
謝ることなんかないんだ。
俺だってどんなふうにしたのか気になっていたし、教えてくれと言ったし。
わざわざ来させてしまったことは申し訳なく思う。
本当なら自分で会いに行くべきなんだが、なかなかその時間が取れなかった。
だけど、本当に仲が良さそうな夫婦でうらやましかった。
どうしたらそんな家庭を築けるのだろうか?
俺もいつか雨宮さんたちのような夫婦になれたらいいなと思う。
「黒羽根さん、こちら返済しに来たのですが」
「はい、ありがとうございます」
話を聞くと、融資した金額はその左腕の開発に費やしたのだとか。
科学者だから給料がいいと雨宮さんは話すが、それは個人差があるのではないかと思う。
同じ科学者でも、任されている仕事が違えば給料も変わってくるはずだ。
それから二人は銀行から帰って行った。
あの日を境に、雨宮さんと会う事は無かった。
だが、その後雨宮さんは多大なる成功を収めて、人体に障害を持っている人達の支援を始めたと聞いている。
五体満足じゃなくても、努力すれば普通に過ごせるという事を訴えながら、今日もまたどこかで活動しているのかもしれない。