このところ変な人物ばかりに遭遇しているような気がする。
もしかして、俺が引き寄せているんじゃないだろうな?
そう思いつつ通常通りの業務をこなしていると、急に銀行内がにぎやかになった。
今度は一体なんだ・・・何が起きたんだ?
振り返って座席の方を確認すると、全身をバルーンで包んだ女性の姿があった。
そんな彼女の姿を見て、子供たちがキャッキャ騒いでいる。
そういや、この間はピエロだったが今度はバルーンか・・・。
番号札を手にしているところからして、どうやらお客として銀行へ来たらしい。
“102番の番号札をお持ちのお客様は、3番窓口までお越し下さい”
アナウンスを流すと、先程の彼女がやってきた。
「やっと呼ばれた~!
あの、50万円の融資をしてもらいたいんですけど」
「では、こちらの書類にご記入願えますでしょうか?」
そう言って、借入申込書を記入してもらう。
金額が金額だから、信用情報をしっかり確認する必要がある。
外見はすごいメルヘンなのに、字は達筆すぎるくらい達筆で驚いた。
ギャップがすごいな・・・。
書類を書いてもらい、確認すると名前は“群雲かなこ”さんというらしい。
年齢は俺と同じくらいに見える。
早速審査をするため、群雲さんには30分ほど待ってもらう事になった。
融資課長などの同意も得て、50万円の融資が許可された。
俺は準備をして、再び彼女を呼び出す。
「こちらが50万円になりますので、ご確認下さいませ」
「うんうん、ありがとうございます。
これで新しいプロジェクトを始められるわ」
新しいプロジェクトってことは、どこかの企業なのか?
それとも、サーカスのような感じなんだろうか?
バルーンに関することだろうとは思うが、あまり詮索はしない方がいいかな。
そんなことを考えていると、封筒にお金をしまい始めた。
だが、俺は疑問がいくつか出てきて固まってしまった。
彼女が身につけているものがすべてバルーンになっているから、あまり活用できないんじゃ・・・。
白い封筒に現金をしまいこみ、その封筒をバルーンで出来たバッグへと入れている。
入れると言うか間に挟み込んでいると言った方が正しいのか・・・?
「あれ、入らないなぁ」
そう言って、群雲さんがバルーンをぎゅっぎゅ鳴らしている。
怖い怖い・・・、それ以上やったら割れるって!
恐ろしい音が鳴り響いて、俺は思わず身震いしながら少々後ずさりをした。
ここで割れてしまったら、すごい音がするだろうな。
それでも群雲さんはまだぎゅうぎゅう詰め込んでいる。
その瞬間。
―バンッ!!
うわっ・・・!!
無理矢理入れようとしたせいで、バルーンが割れてしまったのだ。
ほら、言わんこっちゃない!
しかし、次の瞬間、俺は更に驚いた。
割れたバルーンの中から色々なものが落ちてきて、散らばったから。
定期入れや手帳、小さな筆記用具などたくさんバルーンのバッグから出てきていた。
おいおい、これ全部入れていたのか?!
「あーあ、割れちゃった・・・。
もう一回作ろうっと」
そう言って、群雲さんが茶色いバルーンで新しく作り始めた。
その手つきはまさにプロで、思わず見入ってしまうほどだった。
バルーンアートが流行ってるが、こんな風に作って売られていたのかと思うと感心する。
自分にはない技術を持っているからかもしれないな。
って、またそのバルーンのバッグに詰めるつもりなのか?
親御さんと一緒に来ている子供たちが、盛り上がっている。
子供からしたら、まるで魔法みたいだもんな。
「あ、そうか、入れながら作ればいいのか!」
そう言って、群雲さんが器用に手帳などをはさみながら作っていく。
しかし、今度は別の問題が起きそうな気がする・・・中身が取り出せなくなるとか。
そんなことにお構いなく、彼女は作り上げてしまった。
子供たちもそのバッグを見て、首をかしげている。
群雲さんはあっ!と言ってしょんぼりし始めた。
「お財布とれない・・・」
なんだかここまで来ると、少しかわいそうになってくる。
子供たちに笑われたり心配されたりして、ますますしょんぼりしていく。
このままじゃかわいそうだな・・・。
そう思って俺はデスクの中にしまっていたトートバッグを取り出した。
いつか使うだろうと思ってしまったが、結局一度も使っていない。
「良ければこのバッグお使い下さい」
「え・・・いいんですか?
ありがとうございます!」
「そちらのバッグは返却不要で構いませんので」
群雲さんは、本当に助かったと言ってバルーンを割って中身をトートバッグの中へとしまいこんでいく。
良かった、全部入れることが出来たみたいだ。
彼女は喜びながら、銀行を去って行った。
外見はバルーンで身を固めているから変わり者だと思ったが、中身は何だか子供のようで愛嬌があっていい人なんじゃないかと思った。
バルーンで何でも作れるっていうのが本当にすごいが靴はさすがに、普通の靴だった。
バルーンの靴なんて履いた瞬間に重みで割れてしまうだろうから。
そんなことを思いながら、俺は業務へと戻った。
それから2カ月くらい経った頃。
もう変な人が来る事は無く、普通のお客の相手をする日々が続いている。
だからだろうか、何だか余裕を持てるようになったのは。
変な人だと、正直どうしていいのか分からなくなってしまう。
そう思っていた矢先の事だった。
「くーろばーねさん!」
急に名前を呼ばれて、俺は窓口の方を振り返る。
そこには、相変わらずバルーンに身を包んだ群雲さんの姿があった。
おぉ・・・今懐かしいと思った俺は神経が麻痺でもしているんじゃないだろうな?
今日はどんな用事でこの銀行に来たのだろうか。
手には番号札なんて握っていないから、お客としてきたわけではないみたいだ。
それにしても、ずいぶん大きなものを抱えているな。
すると、群雲さんはトートバッグを出してきた。
「黒羽根さんにトートバッグを返そうと思いまして。
あの時はありがとうございました」
「いえ、わざわざお持ちいただきまして、申し訳ございません」
「やっぱり借りた物は返さないといけないじゃないですか。
それともう少ししたら、一括で50万円返済しますので宜しくお願いします」
そう言えば、新しいプロジェクトに使うって言っていたけど、どんなものだったんだろうか。
だけど、何に使ったんですか?なんて聞くのは失礼にあたる。
この短期間で50万円を借りてその返済を一括でするなんて、何に使ったのか知りたい。
俺が黙って考えていると、群雲さんが笑った。
もしかして、今俺顔に出ていたとか?
「実は、この間アメリカへ行ってあの有名なオーディションに出てきたんです。
ほら、審査員が高評価を出してくれるとデビューできるっていうあの番組。
その審査に合格をして、私、プロバルーンアーティストとして認められたんです!」
「それは、おめでとうございます。
今後はアメリカでご活躍されるんですか?」
「はい、これからは日本ではなくてアメリカで活躍するんです。
50万円借りたのは向こうまでの交通費や準備資金だったんです」
彼女の話によれば、合格して優勝したからお金に少し余裕が出来たらしい。
だから一括返済をしてくれるとのことだった。
なんだか運が強いと言うか、これだけの実力があれば優勝してもおかしくない。
これからはアメリカで頑張るのか・・・応援したいな。
テレビなどに出る様になったら、俺もちょっと見てみようかな?
しかし、全身バルーンで身を包んでいて何も不自由はないんだろうか?
「失礼ですが、その格好だと何かと不便じゃありませんか?」
「確かに・・・電車乗るといつも割られるの。
自転車にも乗れないし、街を歩いていても人とぶつかっただけで割れてしまう。
だけど、この格好が一番落ち着いていいんですよね」
その格好が落ち着く、か・・・
話を聞いていると、物心ついたときから今の格好をしているのだとか。
それって相当だよな・・・いくら好きでもここまで俺は出来ない。
バルーンってお祭りとか誰かの贈り物の時にしか見かけないから、そんなに日常で利用するものじゃないと考えていた。
すると、群雲さんが俺に向かって大きな何かを差し出してきた。
これは一体・・・。
「これは私からのお礼です。
トートバッグを貸してくれたので、受け取って下さい」
「ありがとうございます」
白い布を外して、俺は驚いた。
全てバルーンで出来ている花束をもらったから。
バラやチューリップが入っていて、とても美しくまるで一つの作品のようだった。
これを作ってしまうとは、本当に大したものだ。
こんな大がかりなものを、いつ作る時間があったのかそれも気になる。
派手なものじゃないから、デスクに飾ることもできる。
「あまり日持ちはしないけれど、これが私の気持ちなので受け取って下さい」
「ありがたく受け取らせていただきます。
これからも頑張って下さいね」
「はい、頑張ります!」
そう言い残して、群雲さんは帰っていく。
それにしても、大きなバルーンフラワーだな・・・どこへ飾ろう。
あまり日持ちはしないと言っていたが、どのくらい保つことが出来るのだろうか?
世話をしなくていいから、その分楽だが置き場所にこまってしまう。
まさか、バラバラにするわけにもいかないし・・・この銀行に飾るなら子供たちに触れさせない方がいいだろうし。
色々考えて、俺は銀行内の目立つ場所にその花束を飾ることにした。
通り過ぎていくお客がその花を見ては、すごいと言ってくいつく。
「あれ、あそこに落ちているのは・・・」
少し離れた場所には、バルーンで出来たバラがぽとんと落ちていた。
まるでちょっとしたシンデレラのようだった。
ガラスの靴ではなく、バラの花一輪落ちているところが、何だか憎らしい。
俺は近くまで歩いていき、そのバラを拾い上げた。
それにしても、本当によくできている。
小さい女の子が俺をじっと見つめて黙っていることに気が付いた。
「君にあげるから、大切にしてくれるかな?」
「うんっ、たいせつにするの!
ありがとうっ」
そう言って女の子は、バラを一輪持って母親の方へと向かった。
母親もびっくりしながら、遠くで俺に向かって頭を下げてきた。
俺もすぐに軽く挨拶をするが、それを作ったのは俺じゃない。
その後、群雲さんは世界で名をはせる人物になった。