俺が銀行員になってから5年目で、仕事もようやく出来るようになってきた。
いつも通りに業務を行なっていると、銀行が込み始めてきて俺も窓口業務を担う事に。
今呼ばれている番号を確認して、次の番号を入力しアナウンスを流す。
“番号札97番でお待ちのお客様は、5番窓口までお越し下さい”
さて、今日もまた頑張らないとな!
そう思っていると、すごい客が来て俺は思わず見入ってしまった。
おいおい、ちょっと待て・・・この人は何なんだ!
「あの、融資していただきたいんですけど」
「は、はぁ」
紫色のシルクハットをかぶり、黄色や赤などの首飾りをつけている男がやってきた。
髪も金髪でくるくるしているし、なんていうか・・・ピエロそのもの。
サーカスでよく見かけるピエロが、銀行の窓口へやってきたのだ。
融資してほしいって・・・それよりもこの人物の方が気になるわ!
声からして男性だとは思うが、顔が怖い。
ピエロメイクを間近で見るのって初めてだし、ホントおっかないな・・・。
夢に出てきたらどうしよ・・・嫌だな・・・。
「あ、あの、失礼ですがなぜそのような格好を?」
「あぁ、ボクはピエロだからさ!
でも、サーカスに所属してるわけじゃないよ?
ボクは生まれつきピエロなのさ」
ダメだ・・・言っている意味が全く分からない。
サーカスに所属していないし、生まれつきピエロって・・・まさか生まれた時からこうだったんじゃないだろうな?
借入申込書を確認すると“塚本君尋”と書かれていた。
え、生まれつきピエロなのに人間の名前もあるのか?
・・・ピエロだと言いきっているのに、本名を書き記すなんて・・・なりきれていないような?
俺が固まって考えているとピエロが笑った。
いや、笑うとまた口元とか目が怖い・・・ピエロじゃなくてお化けだな、こりゃ・・・。
と、とにかく融資の件を進めないといけないな。
「融資をしてほしいと言うのは、おいくら程をご希望でしょうか?」
「そうだなぁ・・・ざっと30万ほどかな。
それくらいあれば、ボクは今を生きていられるから」
塚本さんが笑いながら言う。
今を生きていられる、か・・・要は金に困っているという事だろう。
30万円か・・・一度信用情報を確認してみないと融資することは難しいな。
塚本さんにそのことを告げて、俺は彼の信用情報を調べてみた。
うん、借入してはきちんと返済できているから、安心して融資をしても大丈夫そうだ。
確認が取れて俺は現金を用意し始めた。
ちらりと受付の方を見ると、塚本さんを見ている人がたくさんいたが、その目は冷ややかなものだった。
ホント、どうしてあんな格好して来たんだろうな・・・。
「お待たせ致しました、塚本様。
こちら30万円になりますので、ご確認下さいませ」
「ダメダメ、ボクはピエロなんだからさ!
どう見てもピエロにしか見えないデショ!」
そう言われて俺は、塚本さんの全身を見た。
どう見てもピエロにしか見えな・・・いや、なんか変だぞ?
格好はピエロそのものだけど、履いている靴は下駄じゃないか・・・!
これは言っていいモノなんだろうか・・・。
塚本さんはその間に現金を確認している。
「塚本様、その足元は下駄ではありませんか?」
「え、ピエロも下駄履くデショ?
・・・ビーサンも履くよ?」
聞いてねーし!
大体ピエロだったら下駄履かないし、ビーサンなんてもっと履かないだろ!
塚本さんは笑いながら俺を見ている。
いやいや、笑いごとじゃないって・・・これはなんかまずいぞ?
「あなた黒羽根さんっていうのかぁ。
今度の日曜日、午後1時過ぎに噴水公園においでよ。
ボクが借りた30万円の使い道を見せてあげるからさ」
そう言い残して、塚本さんが帰ってしまった。
一体何だったんだ・・・銀行にピエロの格好をした人物なんて初めて見たぞ。
しかも、借入証明書には本名が書かれていたし、靴は下駄だったし・・・。
それに、今度の日曜日噴水公園に来いって何をするつもりなんだろうか?
30万円なんて結構大金だが、公園で使うとは一体どういう・・・。
気になるし日曜日は休みだから、行くだけ行ってみるか。
そして日曜日。
俺は言われた通りに、噴水公園へと向かった。
今日は天気が良くて本当に暖かいから、過ごしやすくていい。
しばらく歩いていくと、人だかりが出来ていて俺も近くまで行ってみることにした。
あ・・・!
そこにはあの日銀行に来たピエロの姿があった。
周囲には子供たちの姿があり、ピエロ姿の塚本さんを見て喜んでいる。
手品を披露して、周囲の注目を集めている。
それはとても様になっていて、子供たちも大喜びだった。
「ピエロさんは、いつもこの格好してるの?」
「あぁ、ボクはピエロだからね。
人間の服なんて着ないさ!」
おい、さすがにそれはまずいんじゃないか?
子供だってさすがにこれに関しては言い返すだろう。
人間の服は着ないって、子供たちだって怪しく思うに決まっている。
しかし、子供たちは目をキラキラさせて塚本さんを見て笑う。
あれ・・・そういえば、この子供たち車いすに乗り着ている洋服も病院服のようになっている。
もしかして、これって・・・。
「あっ、ピエロさん、この間ギンコーにいたでしょ!
わたし、みたもんっ」
「よく見つけたね、次に会ったら声かけてくれると嬉しいな~」
「えーっ、だってお母さんに言われてるもん!
変な人についてっちゃダメって」
「ひどいな~。
ピエロは変な人じゃないさ!」
ほら、子供に変な人だと思われているじゃないか。
親から厳しく言われているところを見ると、やはり信頼はされていないようだ。
だけど、子供たちは楽しそうに笑っている。
手品を見せ終わると、一人一人にお菓子を手渡し始めた。
子供たちがキャッキャ言いながら、お菓子を受け取り塚本さんにお礼をする。
一個や二個ではなくて、一人一袋お菓子の詰め合わせを渡していく。
「ピエロさん、またね!」
「また来るね!」
「うん、また会おう!」
子供たちは病院の人達を帰って行ってしまった。
楽しい時間はあっという間で、気が付けば夕暮れになってしまっていた。
噴水の前には、俺と塚本さんだけが残っている。
後片付けをしている塚本さんに元へと向かって歩いていく。
30万円の使い道、やっと俺にもわかった。
「黒羽根さん、来てくれたんだ。
本当に来るなんて思わなかったよ、銀行員って堅い人しかいないからさ」
「せっかく誘っていただいたので、足を運んでみました。
あの30万円は、その手品の道具やお菓子を購入するためだったんですね」
「ああ、ボクはいつも病院に入院している子供たちに手品やお菓子を提供しているのさ。
ボクの生き甲斐は、あの子供たちの笑顔なんだよ。
本当はもっと盛大なことをしてあげたいんだけど、ホントはボクただの会社員だから。
給料日前にお金を借りて、後から返す方法じゃないとこんなこと出来ないんだよね」
塚本さんは寂しそうに笑いながら言った。
子供が好きなのか、それとも入院しているから退屈に思っている子供たちを励ましているのか、それは俺には分からない。
ただ、今まで銀行員をしてきて誰かのために融資をしてくれと頼んできた人はいなかった。
皆自分自身の為に、銀行に頼ってきていた。
だが、こんなふうに誰かのために何かしたいと思い、融資を望む人もいるようだ。
「ボクね、小さい頃病弱でいつも病室から出られなかったんだ。
両親も仕事で忙しくて、なかなかお見舞いに来てもらえなかったんだよね。
友達も出来なくて、いつもいつも一人ぼっちで寂しかった。
そんな思いを子供たちにさせないために、ボクはピエロに扮して活動してるんだ」
「子供たちが寂しい思いをしないように・・・」
「子供はボクたち大人が思っている以上に、気を使っていたりするものなんだ。
それにボクがピエロになって色々な子に話しかければ、子供同士でも仲良くなれる。
寂しい思いなんて、黒羽根さんだって子供が出来たらさせたくないでしょ?」
塚本さんがピエロを選んだ理由、なんとなくわかったような気がする。
ピエロは明るい顔をしているけど、本当は寂しさを抱えていると言われている。
涙のメイクには色々な説があるらしいが、彼もまた寂しさを味わった一人だから、メイクしているのかもしれない。
本当はすごく真面目でいい人なんじゃないかなって、俺は思っている。
子供たちを悲しませないために、こうして活動を続けている。
「黒羽根さん、このことは内緒だよ。
ボクは今後もピエロとして生きていくんだからさ!」
「承知致しました、このことは秘密にしておきます。
ですが、返済の方はしっかりお願い致しますね」
「もちろんさ、ピエロは嘘つかないのさ。
それから、黒羽根さんもボクを見かけたら声をかけて」
そう言って、塚本さんは笑って見せた。
返済をしっかりしてもらえるみたいでよかった・・・安心した。
塚本さんが遠くで遊んでいる子供を見ている。
その眼はとても切なくて、過去を振り返っているように見えた。
俺も思わずその子供をじっと眺めた。
考えてみれば、俺は両親から大切に育てられてきたのかもしれないな。
「じゃあ、ボクはこれで。
またね、黒羽根さん」
「はい、それではまた・・・」
そう言って、塚本さんがその場を立ち去った。
塚本さんの姿が少しずつ遠くなっていく。
すると、俺の携帯電話がブーブーと振動して確認するとメールだった。
宛先を確認したが、全く知らないアドレスだ。
添付ファイルが付けられていて開いてみて、俺は言葉を失った。
「なんだこれ・・・!?」
添付ファイルを確認してみると、その画像は塚本さんのピエロ姿を写したものだった。
笑顔で写っているつもりなんだろうけど、・・・・怖ッ!!
ニヤッとしているように見えて、さらに不気味さを増している。
すぐに消去してしまおうと思ったが、これも何かの記念になるからいいか。
消去はせずに待ち受けにしてみた。
見慣れてくると、このピエロ姿もなかなか・・・・よくないな!
それにしても、いつ俺のアドレスを取得したんだ・・・本当何から何まで変わった人物だったな。