最近、テレビでファンタジーもののアニメや映画が流れている。
小さな女の子たちは憧れて、魔法ステッキや洋服を親に買ってもらったりしているみたいだ。
この銀行にもそう言った子供を連れてくるお客がいるから、見ていて面白い。
小さいから可愛らしく見えるが、いい年した大人がやっていたらだいぶ痛いんじゃないかと思うのは、きっと俺だけじゃない。
確かに魔法使いにあこがれる気持ちは、俺にだって理解できる。
俺だって魔法が使えたらいいなと考えたことがあるから、そういった考えは否定しないし馬鹿にもしないが、それで実際に行動してしまうのは、また違うんじゃないかと思うんだ。
「あ、お姉さん魔法使いなの?!」
「そうよ、この子は九官鳥のナノくん」
・・・何だって?
今、魔法使いか聞かれてそうだよって言わなかったか?
その方向を見ると、ある女性が魔法使いの格好をして、右肩に黒い九官鳥を乗せていた。
何て言う格好をしているんだ・・・目立って仕方がないじゃないか。
小さい子の夢を壊さぬ発言はいいかもしれないが、あの子が影響されて同じことを大人になってからしてしまった場合、困るんじゃないか?
だけど、子供はそうなんだ!と言いながら笑っている。
・・・楽しそうだからいいのか?
そして、番号札をさばいていくと彼女がやってきた。
「あの、20万円融資してほしいんですけど、いいですか?」
「では、こちらに記入をお願い致します」
必要な書類に記入をしてもらうと、しっかり正しく記入していく。
よかった・・・名前とか住所とか適当に書かれたら困るところだった。
彼女の名前は“桐谷はすみ”さんで職業はパン屋のようだ。
まさかこの格好で出勤しているんじゃ・・・。
パン屋は食品を扱う店だからきっと違うだろうな。
そんなことを思いながら、俺は情報を確認していく。
特に目立った問題はなく、そのまま融資が出来そうだから融資課長に相談をしてOKをもらった。
20万円を用意して、桐谷さんの前まで持っていく。
確認するように言うと、慣れたように札を数え始める。
何度か融資してもらったことがあるのか、それとも普段レジをやっているから慣れているのか。
「黒羽根さん、魔法使いって好きですか?」
「いや、そこまで興味はないですね。
ただ、魔法が使えたらいいなとは思いますが」
「私ね、魔法使えるんですよ。
見せてあげましょうか、しょうか!」
そう言って、桐谷さんが何か準備をし始める。
一体何をするつもりなんだろうか・・・。
魔法が使えるって、手品とかじゃないだろうな・・・手品もすごいけど。
すると、彼女があるステッキを取り出して何か呪文を言いながら軽くふり始めた。
俺はその姿を見ていると、一瞬だが九官鳥が笑ったように見えた。
だが、それくらいで何も起こらない。
まさか、九官鳥を笑わせる魔法とかじゃないよな・・・?
その時、俺の袖のボタンが取れかけていることに気が付いた。
いつの間に・・・縫い直さないとまずいな。
と袖のボタンを見ていると、しゅるしゅると音がしてボタンがきれいに直っていく。
・・・え、今のってなんだ?
「ほらね、これが私の使える魔法なんですよ。
信じました?私の魔法を!」
「え、今の・・・マジか!
・・・すごいな!」
俺はボタンを確認したが、しっかりくっついている。
先程まではボタンが取れかけていたって言うのに・・・嘘だろ・・・。
一体どうなっているんだ・・・?
驚く俺を見て、桐谷さんがにこにこ笑っている。
魔法が使えるって・・・他にどんなことが出来るのか気になるな。
本当に魔法なのか、それとも能力者なのか、全く分からない。
ただ、今は業務中だからあまり食いついてはいけないと思い、俺は咳ばらいをした。
「黒羽根さん、この子ねナノくんっていうの!」
「先程お聞きしましたよ、可愛らしい九官鳥ですね」
「ナノクン、ナノクン」
すると、九官鳥が自分の名前を言った。
おっ、この九官鳥しゃべれるのか?!
クリっとした大きな目で俺を見て、何度も自分の名前を言う。
よく見れば、この九官鳥可愛いな。
そもそも九官鳥って、どうやって飼育するんだろう。
桐谷さんは、九官鳥を撫でながら俺を見た。
「黒羽根さん、今週の土曜日の夜、あの有名なグラウンドに来てみて下さい。
面白いコトしますから」
「面白いこと?」
「ええ、すごく楽しいコトですよ」
そう言い残して、桐谷さんは銀行から帰って行ってしまった。
一体何をするつもりなんだろうか・・・何だか少し怖くなってきた。
だが、気になるから土曜日にグラウンドへ行くことにした。
指定された場所が場所だから、何か大きなことをするのかもしれないな。
業務を終えて、俺はまっすぐ自宅へと帰った。
ゆっくり風呂に入って、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲む。
やっぱり風呂上りには水だよな。
テレビを付けると、あるイベントについて特集されていた。
“冬の花火大会”と映され、場所はあのグラウンドだった。
「これって・・・」
桐谷さんが言っていたのは、このことだったのか?
昼間ではなくて夜に来いと言われたから、きっとこのことなのかもしれない。
花火と何か関係があるのか気になるし、足を運んでみるか。
ただ、こうしてテレビで特集されているから、かなり混雑しそうだ。
なるべく早めに言った方が良さそうだな・・・。
そもそも待ち合わせ場所とか決めていないけど、そこは気にしなくてもいいのか?
そんなことを考えながら、ベッドにごろんと寝ころんだ。
それにしても、冬の花火大会って新鮮でいいな。
空気が澄んでいるから、きっと綺麗に見えるんじゃないか。
色々考えていると、次第に両目が重たくなってそのまま眠りについてしまった。
業務をしてやっと土曜日になった。
少し早いような気もしたが、夕方にあのグラウンドへ着くように家を出た。
そして今、グラウンドに来ているわけだが人が結構集まってきている。
さすがテレビの影響力は違うな。
花火が打ちあがるまでにはまだ時間があるし、少しこの中を見て回るか。
季節外れの花火大会にも関わらず、出店がたくさん並んでいて子供たちが焼きトウモロコシなどを親に買ってもらっている。
小さなお祭りみたいで、何だか楽しいな。
「そろそろ花火が上がる頃じゃない?」
「そうだった、早く場所取らなきゃ!」
女子高生たちがそう言って、走りながら去って行く。
そうか、そろそろ花火が始まるらしい。
俺も見やすい場所へ移動するか・・・ここじゃ見えないだろうから。
花火の見やすい位置まで向かって、俺は木に寄り掛かった。
すると、花火師たちが火をつけて一発目の花火が打ち上げられた。
それは、赤とかオレンジに光って、すごく美しくて見入ってしまうほどだった。
寒空に浮かぶ大輪花は、本当に綺麗で色が映えていた。
夏の夜空でも十分美しいが、冬の方がすぐに暗くなるから綺麗にはっきり見える。
周囲がわーっと盛り上がりながら花火を見ている。
何度見ても花火は感動してしまう。
たくさんの花火が打ち上げられて、寒空に彩られている。
そんな中、少し離れた場所に桐谷さんが立っている姿が見た。
人目のつかない場所に立ち、夜空を見上げている。
そして、最後の花火が終わり会場は静寂に包まれた。
「これで終わりか・・・」
そう思った時、桐谷さんが指をぱちんと鳴らした。
指を鳴らす音は思いのほか鳴り響いて、夜空を見上げると。
・・・・っ!!
夜空に咲いた花火は、俺の顔だった。
デッサンのようなものではなくて、デフォルメされた可愛らしい感じのものだった。
それでも俺だとわかるからすごい。
まさか俺の花火が打ちあがるなんて・・・まったく予想していなかった。
周囲も驚き、あの花火のモデルって誰?とざわざわしている。
よかった・・・もともと木の木陰に立っていて。
だけど、このサプライズは嬉しいな・・・俺の花火。
桐谷さんが再び指を鳴らすと、小さなパラシュートにお菓子が括り付けられ降ってきた。
ここにきている全員分はないが、多くの人達が受け取れるだろう。
「黒羽根さんが来てくれて、良かった」
「びっくりした、あの花火!
花火師に頼んだわけじゃないんだろう?」
「もちろん、私の魔法ですよ!」
「クロバネサン、シンジテクレタ」
九官鳥がそう言う。
俺が信じたって何のことだろうか?
あの花火も魔法だったのか・・・何でも出来るんだな。
ただ、使い方を間違ってしまうと大変かもしれない。
今まで何か苦労したりしてきたんじゃないかと思うと、胸が痛くなる。
魔法と言っても、簡単に信じてくれる人は少ない。
手品なんじゃないかとか化け物だとか、子供は容赦なくストレートに物を言うから。
最初は色々傷つけられたり利用されたりしてきたんじゃないかと思う。
「黒羽根さん、私が魔法使えるって信じてくれたから。
だから私からのささやかなお礼です」
「そんな、俺は何もしてあげられていない。
ただ、信じただけで・・・」
「ちゃんと信じてくれたのは、黒羽根さんだけだから。
あの20万円はお菓子に使って、パラシュートにつけたの。
大人じゃなくて子供メインに受け取らせるようになっているから、大人は取れないわ」
信じてくれた初めての相手が俺だったのか。
俺なんかで良かったのかな・・・女の子の方が良かったんじゃないかと考えてしまう。
魔法と言ったら、やっぱり女の子だと俺は思うから。
しかも、大人には渡さないという考えがまたちょっと意地悪で、魔法使いみたいな感じがした。
これはあくまでも俺のイメージだが、魔法使いは善人ではなくていたずらっ子のイメージがある。
いたずらっ子でちょっと意地悪な感じもする。
「黒羽根さん、今度この20万円の返済します。
だから、絶対窓口にいて下さいね?」
「ああ、俺はいつも窓口業務だから居るよ。
今日はありがとう、嬉しかった」
少し二人で話して、遅くなる前に解散した。
桐谷さんは女の子だから送ろうかと思ったが、私は全然平気と言って帰ってしまった。
何て言うか、本当に不思議な時間を過ごした気がしてならない。
俺もそのまま、真っ直ぐ家路へと向かって歩いて行ったが、途中で“花火の人じゃない?”とじろじろ見られ逃げるようにして家に帰った。
嬉しい気持ちの方が大きいけれど、有名人になったみたいで気が休まらない。
ただ、写真を撮っておけばよかったとちょっと後悔している。
その後、桐谷さんは奇術師としてテレビなどで活躍するようになった。
引っ張りだこになっているみたいだが、体調を崩していないかちゃんとご飯を食べているのか心配だ。
桐谷さんが魔法を披露するたび、子供たちが喜び釘付けになっていった。
多くの人達に夢を与える仕事、だけど否定的な者もまた多いと言うのも事実。
それでも、いつも明るく振る舞う桐谷さんを見て俺は励まされている。
その数年後、桐谷さんが再び俺の顔の花火を打ち上げてくれることを、今の俺はまだ知らない。