今日もまた通常通りの営業をしているけれど、忙しい時と忙しくない時の差が激しい。
忙しい時は猫の手も借りたいくらいだと言うのに、忙しくない時は本当にやることがない。
メリハリをつけるために、自分で調節しながら仕事をしているが、これがなかなか難しい。
毎日変わった人が来てくれるなら、こんな暇じゃないんだろうけど・・・。
なんて言い方をしたら不謹慎か。
最初は変わった人が来た瞬間、嫌だなとか思っていたが最近はそんなことない。
むしろ、来てくれることを願っているんだ。
話していて楽しいし、何のために融資してもらっているのか知るのも興味深い。
それにしても、この観葉植物最近、枯れ気味だな・・・水やっても元気にならない。
観葉植物には興味がないから、どう育てればいいのか分からない。
そうこうしていると、白衣を着ている女性がやってきた。
お客が少ないから、番号札を取った瞬間アナウンスが流れる。
「あの、20万円融資していただきたいのですが・・・」
「かしこまりました。
では、こちらの書類にご記入願えますか?」
ペンと書類を渡して、彼女に記入してもらう。
女性らしいと言うか、子供らしい可愛い字で記入をするものだから、少し驚いた。
名前は“神山まみ”さんというらしく、職業は樹木医となっていた。
白衣を着ているから、てっきりまた科学者かと思った。
以前も片腕が義手の科学者が融資してほしいと来たことがあったから。
同じなのかと思いきや、樹木医・・・。
気のお医者さんだと言われているが、本当に木の声が聞こえるんだろうか?
実は以前からずっと気になっていた。
書類を受け取って、俺は信用情報を確認したけど特に何も問題はなかった。
融資課長にも話を通して許可をもらったから、早速用意をした。
「こちらが20万円になりますので、ご確認下さい」
「ありがとうございます」
あれ、樹木医ってことはこの観葉植物について質問したら、教えてくれるだろうか?
だけど、普通そう言うのって現金を支払って診てもらうんだよな?
やっぱり聞けないよなぁ・・・。
そう考えている間にも、神山さんが札を確認していく。
少し不器用な感じで確認しているのが、人間らしいと思った。
樹木と話せると言うと、どうしても人間離れしているようにしか思えないから。
こういう部分を見るとやっぱり、同じ人間なんだなと思う。
「あれ、この観葉植物、元気ないですね」
「ええ、それで今困っているところなんです。
お水の与えすぎでしょうか・・・」
「ちょっと待って下さい」
そう言って、神山さんがバッグから聴診器を取り出した。
本格的に診てもらえるんだろうか・・・いいのかな。
真剣な顔つきで、頷きながら何かを確認している。
何がわかるんだろう・・・ものすごく気になる。
俺が不安そうにしていたのか、神山さんが俺を見て微笑みを浮かべた。
・・・・?
「少し肥料をあげた方がいいですね。
お水はいい感じですが、栄養が無いので元気がないみたい」
なるほど・・・肥料が無かったから元気がなかったのか。
観葉植物でも肥料って必要なんだな・・・。
なんでも、観葉植物専用の肥料を与える必要があるため、まずはそれを用意するように言われた。
なんだ、ホームセンターとかで売っている物なんだろうか?
一度ホームセンターに行って確認でもしてみるか。
それにしても、さすが樹木医・・・植物の事なら何でもお見通しなんだな。
植物だって生きているから、医者がいてくれなきゃ困るよな。
「黒羽根さん、植物はお好きですか?」
「植物は心が癒されるから好きですね。
ただ、育て方が難しいので購入はしていませんが」
「だったら、パキラなんておすすめですよ。
初心者でも育てやすいものですし、冬の寒さとか明るい場所を避けるだけです。
黒羽根さんでも、きっと育てられますよ」
パキラって、よくカフェの出入り口とかに置いてある観葉植物だったっけ。
あれって世話が大変だと思っていたが、そんなことなかったんだ。
大きく育つから置き場所にこまってしまいそうだが、これをきっかけに何か育ててみるのも楽しくていいかもしれない。
植物は生きているから話し相手にもなってくれるし、部屋のアクセントにもなっていい。
俺がそんなことを考えていると、神山さんが笑った。
「黒羽根さん、真面目そうなのでしっかり育てられますよ。
そうだ、今度植物園に足を運んでみるといいかもしれません」
植物園か・・・確かに一度行ってみたいと思っていた。
なかなか機会がなくて行けていなかったのだが、これを機会に行ってみようかな?
植物園に行けばストレス解消にもなるし、心も安らいでいいと思う。
神山さんは、そう言い残して銀行から帰って行った。
それにしても、ずいぶん落ち着いた女性だった気がする。
失礼かもしれないが、外見が若々しく見えたから何だか不思議に思った。
年齢の割には話し方や態度がしっかりしていたような感じだった。
なんて女性に対しては失礼かな・・・。
「仕事しなきゃな」
俺はすぐ業務に戻って、仕事を片付けていく。
多くの書類に囲まれながら、進めるべき仕事を進めていく。
さっさと片付けて、明日の分を少しだけ進めよう!
今できることは今しておいて、明日に持ち越さない。
明日でも出来る仕事だったとしても、出来る時にやっておけばその分楽になるから。
そう思いながら、書類の整理などをしていく。
そして、休日になって俺は植物園へと向かう事にした。
今日は天気がいいし、絶好の植物園日和なんじゃないかと思う。
寒いけど、我慢できないほどではないし大丈夫。
植物園にはあまり人がいなかった。
こんな寒い時に自ら進んで植物園へ来る人は少ないだろう。
余程植物に興味がない限りは、きっと足を運ばない。
色々な植物が植えられていて、空気が美味しいような気がした。
歩道がきれいに整備されているし、見やすいよう順路指定もされていない。
自由に見学して下さいと言った感じで、気が楽だった。
俺は、分からなかったから適当に歩いて回ることにした。
大きな植物から小さな植物まである。
最初は有名な植物が多く植えられていたが、奥へ行くにつれて変わった植物があった。
こんな植物見たことが無いけど、一体どんな植物なんだろう?
「これはオルソフィ・ツム・グルケニーって言うんですよ。
なかなか手に入らない貴重な植物なの」
「へぇ、これが入手困難だと言われているものですか。
どうやって手に入れたんですか?」
「ああ、通販で見かけて思わず買ってしまいました」
そこにいたのは、神山さんとお客が立っていた。
あれ、どうしてここに・・・・。
そう思っていると、神山さんの胸元に名札が付けられていた。
もしかして、ここで働いているのか?
専属樹木医という事なんだろうか・・・。
本当に植物の事なら、何でもお任せだな。
俺にはない能力だから、素直に尊敬している。
「あら、黒羽根さん来て下さったんですね。
黒羽根さんなら、来て下さるって思っていました」
「神山さんは、ここで働かれているんですか?」
「ええ、そうですよ。
もう今年で6年になりますか・・・あっという間ですね」
働き始めてもう6年になるのか。
ずっとこうして植物の声を聞き続けては、救ってきたんだろう。
そう考えると、神山さんは本当にすごい人なのだと改めて知った。
それにしても、この空間だけ変わった植物ばかりが置かれている。
どれも入手困難だと言われている物らしい。
変わった植物って、色々な特徴があるから興味深い。
「この植物は一体・・・」
「これは入手困難だと言われている植物なの。
だから、お金がかかってしまって・・・それで融資してもらったんです。
給料日まで待てそうになかったから」
そうか、あの融資額はすべて入手困難の植物の為につかったのか。
本当に色々な使い方があるんだな・・・何だか面白い。
自分の為に使う人や誰かのために融資をしてもらう人。
色々な人がいるから、物事が発達したり発展していくんだ。
皆個性があるから、その分新しいものも増えていくんだと思う。
でも、まさか入手困難な植物を購入するために融資を受けたなんてすごい。
自分の為に使いそうなものだけど・・・。
欲しいものに使う人もいるけれど、植物に20万円も使ってしまう人はいない気がする。
神山さんは、すごく植物が好きなんだとわかる。
「黒羽根さん、あれからあの観葉植物はどうですか?」
「ええ、肥料を買ってきて与えたら少しずつ元気になってきました。
さすが神山さんですね、きっと植物も感謝しているはずです」
「いえいえ、黒羽根さんが肥料をあげて下さったから。
私はただ助言しただけですからね」
「それでも、神山さんがいなければ水しかあげていなかったです。
もしかしたら、あのまま捨ててしまっていたことも考えられます」
植物が枯れてしまったら、そのまま捨ててしまう人がいるが、俺にはとても出来ない。
生きている物を捨てるとか、枯れたから終わりなんてちょっと図々しい気がする。
枯れてしまっても咲いてくれていたことには感謝したい。
少しの間だけだったとしても、美しく咲いてくれていたからその苦労を労いたい。
この考え方がおかしいと言われたこともあるが、俺はおかしいとは思わない。
それじゃあ、人間も一緒になってしまうと思うから。
人が死んでしまったら“はいお終い”、とはしないのと同じでお花も対等に扱うべきなんじゃないかと思うんだ。
俺がそう呟くと、神山さんは優しくも寂しげに笑った。
「黒羽根さんは、優しい方なんですね。
きっと樹木医になる素質があると思いますよ」
「そうでしょうか?
神山さんは、なぜ樹木医を目指されたのでしょう?」
「私は・・・友達がいなかったから。
植物に話しかけるようになって、それから少しずつ植物に興味を持ったんです。
気が付いたら、樹木医になっていたというわけです」
そうだったのか・・・聞いてはいけないことだったのかもしれない。
だけど、神山さんはつらそうな表情をしていなかった。
友達がいなくて植物に話しかけていたのか・・・そう言えば俺の妹もよくぬいぐるみに話しかけていたような気がする。
やはり、女性なら一度くらい経験あるものなんだろうか。
神山さんは、それから園内を案内してくれてたくさんの事を知ることが出来た。
本当に詳しくて、まるで学校の課外授業のように感じた。
今日は本当に充実した日々を送ることが出来ている。
これも神山さんのおかげかもしれない。
それから数週間後。
ふとテレビをつけると、神山さんの姿が映し出されていた。
世界で活躍する樹木医という特集が組まれていて、その番組に神山さんが出ていた。
日本だけではなくて、海外でも頑張っているようだ。
しばらくして、俺の元に一つの花が届けられた。
それも自宅では銀行側に。
その花は薄いブルーでデルフィにウムという美しいもので、中には手紙が入っていた。
“あなたは幸福をふりまく”
そう、これはデルフィ二ウムの花言葉だった。