通常の業務を終えて、遅くまで書類作成をしている俺。
もうみんなすでに帰ったと言うのに、いつまで仕事をしているんだ俺は・・・。
別に今日までにやらなきゃいけない訳でもないのに、早く帰れることに疑問を抱いてしまう。
せっかく早く帰れるのにそれが何だかもったいないような気がして、残ってしまう。
俺のよくない癖、今後出来るだけ直していかないとまずいな・・・。
戸締りをしっかりして、俺は外に出て街を歩いていく。
すっかり季節は冬へ移り変わって、外に植えられている木々の葉はすべて枯れてしまっている。
今日も寒いな・・・さっさと帰って風呂に入って寝よう。
そう考えながら歩いていると、一人の占い師が座っていた。
小さなテーブルの上には綺麗な水晶玉が乗っており、その身を綺麗な布で包んでいた。
見たところ、まだ20代に見えるが・・・。
「あ、そこの方、占いしていきませんか?」
「え、俺?」
「今なら無料で占って差し上げますよ」
うーん、俺占いとかどうでもいいんだよな・・・信じてないし。
星占いとか星座占いとか、血液型占いも信じたことが無いし、中った試しがない。
女子だったらすぐに食いつくんだろうけど、俺は男だし自分の事は自分で決めたい。
断ろうとしたら、席を立って彼女が俺を椅子に座らせてしまった。
不思議と振り払うことが出来ずに、そのまま椅子に座ってしまった。
一体何を始めるんだ・・・。
早速と言わんばかりに、彼女が占い始める。
何を占うつもりなんだ?
「視えました・・・あなたの運勢が・・・」
俺は思わず唾をごくりと呑み込んだ。
いかにも占い師がよくいうセリフに、俺はどぎまぎしている心を落ち着かせる。
何て言うか、こうやって面と向かって占ってもらうのは初めてだから緊張する。
おかしいよな、信じているわけじゃないって言うのに。
彼女は水晶玉をのぞき込んで、更に何かを確認している様子だった。
俺から見ればただの水晶玉だが、彼女から見ればまた違うのかもしれない。
「しばらく雨の日が続きますから、注意した方がいいですよ。
傘は必ず持ち歩くようにした方が良いでしょう」
「え、天気占い師なのか?」
「いいですか、明日から必ず傘を持ち歩くように。
晴れていたとしても、決して傘を忘れてはいけませんよ」
なんだ・・・俺の運勢を視てくれたのかと思っていたが、ただの天気予報士か。
占い師の格好をしているから、運勢とか占うのかと思った。
お代は無料と言っていたから、払わなくてもいいんだよな・・・?
俺は軽く挨拶だけして、その場を離れた。
明日から雨が降るのか・・・憂鬱だな、それはそれで。
でも、晴れ間もあるみたいなことを言っていたな。
まぁ、明日になれば天気予報もやるから、その時傘を持っていくかどうか決めればいいか。
そして翌日。
窓の外を見ると晴れていて、その日差しが暖かかった。
傘を必ず持って行けって言ってたよな・・・でもこんなに晴れていたらいらないんじゃないか?
まぁ、いいや持っていこう。
もしかしたら、急に雨が降り出すことも考えられるからな。
俺は傘を持って家を出ることにしたが、バスの時間に間に合わなくて俺はその場から走り出した。
すると、停車中のバスが走り出してしまった。
「ちょっ、待ってくれ!
それ乗らないと間に合わないんだって!」
追いかけたが結局間に合わず、次のバスで行くことにした。
しばらく進んでいくと、パトカーや救急車が見えて確認すると先程乗り逃がしたバスが衝突事故を起こしてけが人を多数出していた。
そんな・・・バスが事故を起こすなんて・・・。
あのバスに乗っていたら、今頃俺もケガをしていたかもしれない。
そう思うと背筋がぞくっとした。
あの占い師、天気予報を占ったのかと思いきやちゃんと俺の運勢を占っていたのか?
雨が降る、それはつまり俺の運勢が悪いという事だったのかもしれない。
だから晴れている日でも傘を持ち歩けと言ったのかもしれないな・・・。
銀行に出社して、仕事をしているとあの占い師がやってきた。
な、なんだ、今度は・・・何だか恐ろしくなってきた。
今まで占いなんか一度も中ったことなかったのに、今回は何かが違う。
「黒羽根さんっていうんですね。
あの30万円融資していただくことは出来ます?」
「少々お待ちください」
書類を受け取り、情報を細かく確認していく。
彼女の名前は“南沢アイ”さんというらしく年齢も20代後半だった。
30万円って結構大きな金額だから慎重に見極める必要がある。
いつもの通り、上の者に確認を取って承諾を得た。
何度かこの銀行から融資を受けていて、返済もきっちりしてくれているから大丈夫だ。
俺は現金を用意して、彼女の元へと戻った。
「黒羽根さん、ちゃんと傘を持ち歩いているのね。
貴方の事だから持ち歩かないんじゃないかって心配していたんですよ。
良かったでしょう、傘を持ち歩いていて」
「あの事故って、偶然だったんですか?」
「偶然なんかないわ、この世界は必然で成り立っているようなものなのよ。
だから、あの事故が起きたのも必然ってコト」
言っている意味が俺にはよくわからない。
この世界は必然で成り立っていて、偶然なんてない?
今まで起きていた物事も全て必然だったというのか?
・・・だめだ、本当に分からなくてこんがらがってしまう・・。
占い師はインチキが多いかと思っていたが、まともなちゃんと中る占い師もいるのか。
超能力とは違って、またすごい能力なんだろうな・・・。
「あ、ちなみにこの30万円は家賃に使わせてもらうわ」
「へ?」
「本当はいけないコトなんだけど、自分の運勢を占ってみたのよ。
そうしたら、家賃の取り立てに大家さんが来て追い出される運命だったの!
さすがにそれはまずいでしょ?」
こんなにも中る占い師が、家賃を支払うために融資を?
何だか意外過ぎて、俺は呆気にとられてしまった。
家賃の支払いという事は、きっといいところに住んでいるんだろうな。
しかも、簡単にしてはいけないことをするあたりもすごいな・・・。
いつからその能力が身についたのだろうか。
俺にはない能力だから、なんていうか新鮮だ。
「あと、残りは駄菓子買ったりお地蔵様にお供え物したり。
返済はしっかりするから心配しなくても大丈夫よ」
駄菓子を買うのはいいとしよう。
お地蔵様にお供え物をするっていうのがまた・・・若者らしくない。
決して悪いことではないのだが、その見た目でお地蔵様を大切にしているってギャップがすごい。
返済をしっかりしてもらえるのであれば、何に使ってもらっても構わないが。
下手なことを言えなくて、俺はあくまでも業務上でしか質問することが出来ない。
何を考えているのか分からないし、聞くのが怖いと言うのも理由の一つ。
「黒羽根さん、傘は今日含めて一週間持った方がいいわ。
それから、あの天才画家の少女も私の所に来たことがあるのよ。
彼女だけじゃない、今まで貴方が接客をした人物たちと貴方の縁は繋がった」
「どういう意味ですか?」
「それはまた今度教えてあげるわ」
言い捨てるかのようにして、南沢さんが出口へと行ってしまった。
一体なんだ・・・今まで俺が接客してきた人物たちと縁がつながった?
彼女の元へ訪れてから俺の元へ来たのだろうか。
詳しいことが何も分からなくて、どうしていいのかわからなくなってしまう。
とにかく、傘は一週間持ち歩くようにしよう・・・。
あっという間に一週間が過ぎて、色々なことが起きたことに気付く。
始めにあのバスの事故が起きて、それから電車の人身事故が起きて、仕事で失敗をしたにもかかわらず違う人物が怒られたり・・・。
なんだか、すごい一週間だった。
南沢さんに言われて傘を持ち歩くようにしてから、本当に助かったと思う事が多かった。
どうしてこんなに中っているのか、俺には全く分からない。
本当に能力を持っている人なんだという事は理解できたが、まだにわかには信じられない。
いつも通りに業務をしていると、南沢さんが銀行へやってきた。
「黒羽根さん、先日お借りした30万円の返済をしに来たわ。
本当に有難う、助かったわ」
「早速確認をさせていただきますので、少々お待ち下さい」
そう言って、機械に札束を入れて確認していく。
ちゃんと30万円あるから、何も問題はない。
確認を終えて再び南沢さんに方へと戻ると、彼女が俺の方をじっと見ていた。
もしかして何か顔についているのか?
黙っていると、南沢さんが楽しそうに笑った。
「黒羽根さんって、他人を幸せにする力を持っているみたいね。
今まで貴方に関わった人が皆、助けられたり成功を収めたりしているみたい」
他人を幸せにする力を俺が持っている?
そんなこと考えたことが無かったし、実感もないんだが。
つまり、俺は自分の幸せではなくて他人に幸せを奪われているんじゃ・・・。
だけど、周りが幸せならそれでもいいかもしれない。
自分だけが幸せだなんて、あまりにも滑稽すぎるからな。
幸せになるなら、多くの人達と一緒がいいと素直にそう思うんだ。
「そして、貴方もそんな人たちと関わることで変わってきている。
性格とか考え方とか、最初に比べて変わってきて成長している」
「確かに言われてみれば、少し変わったような気もしますね」
「良かったですね、以前のままだったら貴方は独りぼっちのままだった。
数年後、貴方は必ず関わってきた人たちと再会して大事なものを得られるでしょう」
笑いながら南沢さんは言って、帰って行ってしまった。
以前のままだったら、俺は独りぼっちだった?
確かに、以前の俺はどこか冷めていて他人とのかかわりを避けていた。
しかし、現在では自分から話しかけるようになったし、考え方も少しずつ変わってきた気がする。
数年後、俺は今まで関わってきた人たちと再会をして何かを得られると話していた。
それが一体何年後なのか、何を得ることが出来るのか分からないけれど、楽しみだ。
こんなふうに楽しみだと思えるのは久々かもしれない。
それから傘を手放すようになり、俺の身の周りでは何も起こらなくなった。
本当に不思議で変わった出来事だと思うし、占いを少し信じてみてもいいのではないかと思った。
「彼女にもまた会えるだろうか?」
せっかくだから、また南沢さんにも会いたいものだ。
もっと色々なことを聞いてみたいと思っている自分がいる。
しかし、あれから彼女と会う事は全くなくていつも通りの日常を過ごすことになった。
そう言えば、昔に比べて自分から窓口業務を担う事が増えたような気がする。
これも俺にとっては成長なのだろうか。
しばらくして、南沢さんは有名な占い師としてテレビに引っ張りだこになった。
彼女の予言したことが見事に的中して、芸能人や女性から多大なる支持を得ている。
仕事が増えたから、もう融資の必要もないだろう。
そう思うと何だか少し寂しい気持ちになった。
急に人気者になってしまったことで、遠い存在になってしまったような気がして。
だけど、彼女の成功を願い俺は温かい気持ちで、テレビに映る南沢さんを応援した。