普段通りに営業していると、ある女の子がやってきた。
身長の低い女の子で、見るからに子供といったような感じがする。
どうして銀行にやってきたのだろうか。
親と一緒に来ていて、待っていることに飽きて外に出ていて戻ってきたのだろうか?
だが、番号札を取り席に着いている姿を見て、何かが違うような気がした。
どこにも彼女の親らしき人物が見当たらない。
親の代わりに番号札を取ったのだろうか?
俺は気にしつつも番号札をさばいていく。
“番号札208番の札をお持ちの方は3番窓口までお越し下さい”
アナウンスを入れると、さっきの彼女がやってきた。
「あの、30万円お借りしたいのですが」
「申し訳ございませんが、20歳未満はご利用できないんです。
もう少し大きくなってから、来てもらえますか?」
「私を子ども扱いなんかしないで!
こう見えても、私は24歳なんだから」
本人は24歳と言っているが、どうもそうは見えない。
まだまだ幼い子供のように見えるが、本人は違うと言っている。
言われてみれば、顔つきは大人のようだがそれは成長しているからじゃないか。
すると、彼女が運転免許証を取り出し身分を証明し始めた。
そうか・・・彼女、もしかして何かの病気なのか?
「どうせ信じてくれないし、笑うんでしょ!
いいよ、どうせみんなどうだったんだから」
「信じがたいことではありますが、笑ったりしませんよ。
身分証で確認もとれましたし、今確認を致します」
俺は一度窓口を離れて、現金を用意しに行った。
それにしても、あんなに身長のない子供らしい人が24歳だなんて信じがたい。
そういや、ホルモンなどの影響で身長がうまく伸ばせない子がいると聞いたことがある。
彼女もそうなのかな?
書類を確認すると、名前は“浪川琴音”さんと書かれていた。
字を見るとそれは大人が書く文字だった。
やはり、浪川さんは子供ではなくちゃんとした大人なんだ。
融資課長から承諾を得て、俺は現金を窓口へと運んでいく。
しかし、この30万円を一体何に使うのか気になって仕方がない。
30万円って結構な大金だから、簡単にすべて使えるようなものではない。
それに、よく見ると浪川さんの目がオッドアイで驚いた。
そういうのって、漫画やアニメの中だけだと思っていたから。
「お持ちいたしましたので、ご確認下さいませ」
「ありがとう」
そう言って、彼女が金額を確認し始める。
その札を数える手つきは手馴れていて、外見とのギャップがすごかった。
黙っていたら中学生くらいにしか見えない。
しかし、本人はそれをひどく気にしているから、下手なことを言わないようにしなければ。
俺だってコンプレックスを言われたら傷ついてしまうから。
だから何も言わず、俺は彼女が確認する姿を見ているだけにした。
「黒羽根さんは、私を見ても笑わないんだね」
「笑いませんよ、だって同じ人間ですから。
外見が周囲と違うからといって、差別したり笑ったりなんかしません。
他人と自分を比べるのは、下らない他人志向。
大切なのは自己志向ですから」
俺がそう言うと、浪川さんがハッとして涙を流す。
もしかして、俺余計なこと言ったか・・・?
目の前で泣かれてしまって、俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
こんな時どうすればいいのだろうか・・・。
すると、浪川さんが口を開いた。
「そんなこと、言ってもらったの黒羽根さんが初めて・・・。
・・・すごく、嬉しいです」
よかった・・・傷つけてしまったのかと思ってひやひやした。
彼女はきっと今までいじめられたり、嫌なことを言われたりしてきたんじゃないかと思う。
どうして人間という生物は、自分と違った存在を受け入れず認めたがらないんだろう。
生きているから同じだと言うのに、なぜそんなに同じことにこだわるのか分からない。
弱い者を寄ってたかっていじめるのも同じ、一人ではやらないところが卑劣で情けない。
同じ人間だと思いたくないくらいだ。
「嫌なことばかりで人間なんか大嫌いだけど、黒羽根さんは特別です。
家族以外でそう言ってくれたの、黒羽根さんが初めて。
・・・どうしよう、すごく嬉しい」
「その目も違った色をしていて、とてもお綺麗ですよ。
生まれつきそのお色なんですか?」
「うん、生まれた時からこの目なんです。
初めてキレイだって言ってもらえた・・・」
生まれつきオッドアイとの事。
何か遺伝性のものなのか、それとも偶然左右の色が異なってしまったのか。
原因は分からないが、俺から見ればその瞳は宝石みたいで綺麗だった。
浪川さんがはにかみながら微笑みを浮かべている。
初めて言われたのが俺で良かったのだろうか?
でも、こんなに喜んでくれているから俺としても何だか嬉しい。
傷つけて泣かせてしまうよりも、相手にとって嬉しい言葉を与えて笑ってもらう方がずっといい。
「もっと自信を持っていいと思いますよ。
私のように理解してくれる方がきっと他にもいるはずですから」
「はい、本当にありがとうございます!
あ・・じゃあ、このお金返金します」
「え?」
「このお金でこの目を手術しようかと思っていたんです。
でも、黒羽根さんがいいって言ってくれたから・・・」
そうか、30万円で手術をしようかと考えていたのか。
それは何だかもったいないと言うか、かわいそうな気がした。
せっかく自分が生まれ持ったものを自分で変えてしまう事に対して。
珍しいことだからこそ、自分自身でそれを愛していくべきだと思うんだ。
手術をすれば簡単に綺麗な目になると思うが、それは簡単なことだしいつでも出来る。
オッドアイはなかなかないから、特別感というか大切にしてあげてほしいと思う。
周囲の中には、この良さを理解してくれる人がいるから。
言いたい奴には言わせておけばいいんだ。
「わかりました。
それでは、今回は無かったことにしておきます」
「うん、お願いします」
「本当に、どうしても嫌になってしまった時に手術を考えればいいんです。
私は浪川さんの瞳、きれいだと思いますし手術はもったいないと思います」
「ありがとう、私なんか自信持てたかも・・・!」
そう言って、浪川さんは銀行から帰っていく。
少しでも自信を持てたようでよかった、少しずつでいいから認めてくれる人が現れることを願う。
家族以外で受け入れてくれる人が、絶対にいるから諦めないでほしい。
身長だってもう伸びないかもしれない、だけど。
俺のように決して馬鹿にしたりしない人間がいることを、知ってほしい。
きっと大丈夫、俺はそう思いながら業務を再開させた。
後日、俺は休日でスイーツパラダイスへ行くことにした。
誰と行くのかって?
もちろん、自由気まま一人で行くに決まっているじゃないか!
ストレスが溜まると甘いものがいいと言うが、本当は逆効果らしい。
疲れた時に甘いものを食べてはいけないらしいのだが、その理由を忘れてしまった。
ただ、これは噂ではなくて医師たちが話していたことだから正確だと思う。
スイパラって女子が行くようなイメージだが、男性だって楽しんでいいと思う。
一人分のチケットを購入して、早速スイーツをたくさん取りに行く。
ケーキもいいしゼリーやプリン、アイスもいいな。
自分の食べたいものをお皿へよそっていき、一度テーブルへ戻る。
「あれ、もしかして黒羽根さん?」
いきなり声がして顔をあげると、そこには・・・浪川さんが立っていた。
どうして、彼女がこんなところにいるんだ?
見たところ、友達の姿はないから一人で来たのかもしれない。
俺がびっくりしていると、彼女がそのまま去ってしまった。
あれ、もう食べつくしたのだろうか?
いいかな・・・そう思いつつ俺はケーキを口へと運んでいく。
甘くて身体にしみこんでいくような気がしていい。
すると、浪川さんがお皿に大量のスイーツを乗せて戻ってきた。
「黒羽根さんも甘いものが好きなんですか?」
「ああ、好きだよ。
よく食べに行くことがあるんだ」
「意外ですね!
黒羽根さん、甘いのキライそうに見えたのに」
「糖分を摂取するのは大切だからな」
俺が笑って言うと、浪川さんも楽しそうに笑った。
よく言われる、甘いのキライそうですねって。
でも、実はその逆で甘いものは好きだから、よく食べに来たり買って帰ることもある。
そんなに意外だったろうか?
彼女は・・・聞くまでもないか、お皿に大量のスイーツを乗せているから。
それにしても、すごい乗せ方だな・・・!
ケーキの上にアイスを乗せたり、アイスの上にたくさんのチョコレートやはちみつをかけている。
そんなに甘くしたら糖尿病になってしまいそうで怖いな・・・!
「黒羽根さんも、良ければどうぞ」
そう言って、俺にアイスが乗っているケーキを渡してきた。
またボリューミーな一品になっているから、食べるのが大変そうだ・・・。
美味しそうだが、いっきに糖分を摂取したら身体が驚きそうだな。
だが、勧められたから食べない訳にはいかない。
俺は、勧められるがままそのケーキを口へと運んだ。
・・・・・これはっ!
「・・・ティラミスか!!」
「そうなんですよ~!!
美味しくないですか?!」
「ああ、これは美味いな!」
チョコレートケーキの上にバニラアイスが乗っているから、ティラミスに近くなった。
甘くて冷たくて、これはこれでアリかもしれないと思った。
思っていたよりもしっくり来ているから、何だか病みつきになってしまいそうだ。
二人してスイーツを楽しみながら、彼女の話を聞いて楽しんだ。
小さいころの夢が、ケーキやさんになることだったという事やそのために色々勉強したりしたことなどを聞いて、俺も頑張らなきゃいけないと思った。
俺の小さいころの夢は特になくて、ただ誰かのためになる仕事がしたいと思っていた。
今では銀行員だが、毎日やりがいと達成感のある仕事に追われて充実している。
「黒羽根さんにも、いつか私が作るケーキ食べてもらいたいな~」
彼女が楽しそうに笑いながら言う。
浪川さんの生み出したケーキなら、ぜひとも味わってみたい気がする。
きっと甘くておいしいから、満足できるんじゃないかと思う。
その数年後、彼女がケーキ屋を開店させ雑誌やテレビで取り上げられるようになった。
チョコレートケーキの上にバニラアイスを乗せたスイーツを発売し、それは小さな子供と女性を中心に人気に火が付き、在庫がなくなってしまうほど。
俺がその彼女のケーキ屋へ行くことになるのは、もう少し後の事・・・。