毎日毎日、融資をしてほしいと頼みに来る人が多い。
別に悪い意味ではなくて、働き始めた時は本当に驚いたんだよな。
金を貸してくれだなんて、なかなか言う勇気がないと思っていたし男性だけだと思っていたが近年では女性の利用者も増えてきている。
まともな人や変わった人、色々な人がいて本当に見ていて面白い。
若い人からご年配の方まで融資を頼みに来て、その理由は本当に様々で使い道が多いんだなと改めて考えさせられる。
番号を確認して窓口へと呼び出すと、見覚えのある人物がやってきた。
「あのぅ、20万円融資していただきたいんですがぁ・・・」
この人って、確か・・・っ!
俺はデスクの中から、楜澤さんからもらった絵を取り出して照らし合わせる。
・・・・やっぱり、そうだ、この人だ!
確かに絵の通りの人物だが、何だか絵の方が若々しく見えると言うか、髪がやや多めと言うか何か違和感を抱く。
「あ、その絵女の子に描いてもらったんですよぉ。
実物より少しかっこよくしてくれって頼んだんです。
なかなかいい線いっていると思いませんかぁ!」
「え、ええ、お似合いです」
そう言うしかなかった。
さすがに、サバ読みすぎだろ!とか変わんねーよ!とか言ったら傷つけてしまいそうだ。
明らかにハートが弱そうな人だし、あまり強い事を言ってしまうと傷つけてしまうかも。
にしても、本当にカッパみたいだな・・・。
彼から借入申込書を受け取り、早速審査をしていく。
名前は“古屋悟志”さんと言うらしいが、年齢は58歳となっていた。
融資課長の元へ行き、確認を取るとOKサインが出た。
俺は20万円を手にして、席へと戻った。
「こちらが20万円になりますので、ご確認下さいませ」
そう言って差し出すと、古屋さんがゆっくりと札を確認し始めた。
その手つきは慣れた物で、金融系に勤めているんじゃないかと思うくらいだった。
やっぱり人は見かけによらないな・・・。
確認し終えた古屋さんは、バッグの中へ20万円をしまいこんだ。
すると、いきなり彼はバッグからキュウリを取り出して、バリバリと食べ始める。
ちょっと待て、ここは銀行だぞ!
本物のカッパみたいになっているけど、大丈夫なのか?
見た目本当にカッパみたいになっているが、このままでいいのだろうか?
「古屋様は、キュウリがお好きなんですか?」
「あぁ、キュウリは美味しいさぁ!
黒羽根さんも、一つどうですか?」
「いえ、私は業務中ですので、申し訳ございません」
そう話しながら、バリバリキュウリを頬張っている。
おいおい、そんなに頬張って食べるもんじゃないだろ・・・!
バッグの中を確認すると、まだキュウリが入っているのが見えた。
一体どれだけ詰め込んでいるんだ?
小さな子供たちが古屋さんを見て、カッパだ!と言いながら笑っている。
子供は本当にストレートと言うか、容赦がないと言うか・・・。
しかし、古屋さんは落ち着き払っている。
・・・堂々としているな。
「黒羽根さんも、笑っていいんですよぉ。
ワタシは生まれつきカッパですからぁ」
ん・・・このセリフどこかで聞いたことがあるような・・・。
うーん、誰だったっけ、思い出せないな。
この人と似たような感じだったんだけどな・・・・あ。
そうか・・・ピエロの塚本さんだ!
きっと同じ何かを持っているんだろうな、俺にはよく理解できないけど・・・。
「いえいえ、笑いませんよ。
生まれつきって、幼い頃からそうだったんでしょうか?」
「そうなんですよぉ、昔からずっとこの髪型で・・・。
髪型を変えても、いつもこんな感じになっちゃって」
「髪型を変えても、そのような髪型に?」
「えぇ、もう呪いですよぉ!」
呪いって・・・確かにそうかもしれないな・・・!
だけど、呪いだったら一体何の呪いなんだ?
古屋さんの家系が代々みんなこういう髪型をしていて、それが遺伝しているとか?
お母さんや姉弟も同じなんだろうか・・・かなり気になる。
みんな同じ髪型だったら・・・すごいだろうな!
「失礼ですが、ご家族そろってその髪型を?」
「ワタシだけですよぉ!」
・・・マジかよ!!
一人だけこの髪型なんて、ホント何の呪いなんだよ!
古屋さん、さては以前カッパに嫌がらせとかしたんじゃないだろうな?
それに先程から、その妙な話し方も気になって仕方がない。
何て言うか、頼りなさげと言うか女子っぽいと言うか、口には出さないがずっと気にしているのは確かだ。
昼間見たらカッパみたいだが、夜見たら落ち武者みたいだろうな。
一度で二度すごい。
こんなことすごく失礼なことだから言えないが・・・。
「融資ありがとうございましたぁ。
返済は必ずしますのでぇ」
そう言って、古屋さんが出口へと向かっていく。
リュックを背負っているせいなのか、それがカッパの甲羅のように見えて仕方がない。
子供たちも古屋さんを見て笑っている。
俺たちは他人だし自分とは違うから面白く感じるが、本人にとってはやっぱりコンプレックスと言うか嫌なものなんだろうなって思う。
少しでも何か変われるようになれればいいのだが・・・難しそうだ。
髪を全て切ってしまっても、あんなふうに生えてくるのだろうか。
もしそうじゃないのであれば、その方がいいのかもしれない。
50代後半なら髪の栄養も行きわたりづらくなってくるし、仕方のないことだと思うから。
しばらくして日曜日を迎えた。
俺は久々に友達と一緒に山へ行くことになった。
ストレスも溜まってきているし、気分転換も必要だと思ったから。
来てから気が付いたことがあって、この山はかつてあの水売りの久谷さんが訪れていた山だった。
つまりあの黄色いカエルがたくさんいるっていう・・・。
そう考えたら鳥肌が立った。
「ちょっと休憩しようぜ・・・疲れた!」
「ああ、休憩にしよう!」
俺たちはひとまず休憩してから、行動することにした。
確かに久谷さんが行っていた通り下っているばかりのような気がする。
山って普通は登っていくものなんじゃなかったか?
俺は少し離れた場所で、川のせせらぎを聞いていた。
やっぱり自然の音っていいよな・・・聞いていて癒される。
―ガサガサッ
急に草むらから音がして、俺は思わずその場で固まりじっと見つけた。
気のせいだったのかな・・・風に吹かれて鳴っただけだ。
そう思い、俺はカバンに入れていたお菓子を食べた。
その時、肩をトントンと叩かれて俺はハイハイと言ってそのままお菓子を渡した。
だが、またすぐに肩をトントンと叩かれて俺は、お菓子を渡す。
そしてまた肩を叩かれて、さすがの俺もしつこいと感じ振り返ると。
・・・・カッパが立っていた。
カッパと言っても古屋さんじゃなくて、本物のカッパが立っている。
「うわっ、ホントにいたのか?!」
カッパは何も言わずに、俺のお菓子を見つめている。
仕方ないな・・・渡してやるか。
俺は手にしていたお菓子の袋をそのまま渡してあげた。
すると、カッパは大喜びをしてむしゃむしゃ食べ始めた。
俺が話しかけても、どうせ通じないし話せないんだろうな。
「まさか、古屋さん、このカッパに呪われたとか?
・・・ってそんなことありえないか」
俺がそういうと、カッパは強く頷いて見せた。
え、え?今俺の言葉が通じたのか?
カッパは再びお菓子を食べ始めるから、俺も半信半疑だった。
もう一度、古屋さんの話をすると食べるのをやめるから気になった。
もしかして、話せないけどyesかnoで答えられる質問には答えてくれるのか?
もしそうなら古屋さんについて聞いてみたいんだが・・・。
ダメもとで試してみるか?
「古屋さんに何かされたのか?」
俺がそう尋ねると強くうなずくカッパ。
一体このカッパに何をしたんだ、古屋さんは・・・。
あんな呪いまでかけられるなんて、さてはひどい嫌がらせでもしたに違いない。
俺は紙に色々な可能性を考えて書き記し、カッパに選んでもらう事にした。
カッパが選んだのは、いじめられたと書かれた紙だった。
そうか・・・かつて古屋さんにいじめられていたのか。
そりゃあ、あんな呪いかけられても納得だな・・・。
「今度謝るように伝えるから、あの呪い何とかならないか?
頼むよ、もう十何年もあのままなんだ」
俺がそういうと、カッパは一瞬首を傾げたが渋々頷いてくれた。
古屋さんに謝るよう伝えなきゃいけないが、次はいつ銀行に来るだろうか。
この日は友達と山を登り、気分転換をして帰ることにした。
後日、俺は相変わらず忙しい日々を送っていた。
給料日になると返済者が増えて、対応に追われることが多くなる。
全く返済をしてくれないお客よりはずっといい。
きっちり返済をしてくれる人は、安心して融資することが出来る。
審査に通れるのかどうか、借入申込書や信用情報を確認していく。
毎日毎日、色々な人が融資をしてほしいと銀行にやってくる。
使用目的は自由になっているが、出来ればどんなことに使うのか聞いておきたいものだな。
番号札を持っているお客を、次々にさばいていくと、あっという間に時間が過ぎていく。
「黒羽根さん、返済に来ましたよぉ」
目の前に現れたのは、古屋さんだった。
あれ・・・、髪型が変わっているじゃないかっ!
カッパみたいになっていたのに、今は普通の髪型をして本当におじさんといった感じ。
呪いが解けたのか・・・?
俺がじっと見ていると、古屋さんが恥ずかしそうに笑った。
「実は、あのカッパに今更ですが謝ったんですよぉ。
夢に出てきたから、謝らなきゃって」
「それで呪いが解けたんですか?」
「そうなんですよぉ!!
もうあんな呪いは懲り懲りです」
何はともあれ、本当に良かった。
まぁ、話し方は何も変わっていないが・・・いいのか、話し方はこのままで?
でも古屋さんは嬉しそうにしているし、仲直りできたのなら結果オーライってところか。
きちんと返済してもらい、古屋さんは帰っていく。
あの20万円は育毛するための病院代だったのだとか・・・実際に一日でフサフサになったのに翌朝起きたら全て抜け落ちてカッパの頭になっていたらしい。
あのカッパのヤツ、相当怒っていたのがわかる。
あれから古屋さんは、あのカッパと友達になったのだとか。
たまに銀行に来ては、ツーショット写真を見せてくる。
写真の中の二人は本当に仲良さそうで、楽しそうだった。
しかし、再び髪型がお揃いだったのは・・・いや考えるのはよそう。